昭和7年 |
小田急電鉄大秦野駅が開業する。
秦野十日市商店街、秦野座などが出来、相当な賑わいを呈していたと見る。 |
昭和26年ごろ |
当商店街の前身である秦野銀座東栄会生まれたものと思われる。
大秦野駅より4分の好立地、水無し川の昭和橋を渡ると、道幅6m、長さ80メートルの地域に会員は約50店ほどで秦野銀座商栄会として誕生する。 近隣には戦後闇市から発展した桜マーケットが存在していた会員数約18件、駅前には大秦野商店街があり四つ角まで続く商圏が出来上がった。 秦野銀座商店街には、秦野で唯一の映画館があり、各商店、飲食、娯楽といった商店街で異業種の入り混じった商店街として市民に愛されていた。 |
昭和38年頃 駅前中央通商店街 |
昭和30年ごろ |
名称を駅前中央通り商店街に変更する。 |
昭和43年 |
秦野市の人口62,380人となり近隣都市の中でも人口増加が多いほうであった。
この頃は、各商店街とも繁栄を極め充実した商店が見られるも市内にスーパー、大型店の話題も浮かび始める。 |
昭和45年 |
駅前中央通り商店街から秦野駅前通り商店街名称変更、スーパーせきや(食料品専門)出来ると商店街大混雑するほど商店街は賑わった。 |
昭和46年 |
神奈川県モデル商店街として指定される。
駅に続く道路は一方通行に変わり、商店街アーチの完成、街路灯、道路の整備、商店街近代化に向けて発展する。 |
昭和49年 |
赤札堂、小田急OX、忠実屋等が進出してきた。 |
昭和50年代 |
当商店街には平塚本店の梅屋が映画館跡に5階建てビルを映画館、銀行、高級婦人衣料で梅屋がオープンする。 |
平成4年ごろ |
当地区にシビックマート計画という総合開発計画が持ち上がる。 |
平成7年 |
ジャスコがオープン。現在に至る。 |
平成11年 |
商店街事務所完成 1階エーススタンプ会に貸す。 |
平成18年 |
商店街サテライトホール完成、今後は会員同士手を取り合い新たな商店街、お客様に優しい商店街を目指します。 |